赤い蝋がついた小枝がたくさん!これが接ぎ木したワインの苗木です。広島県三次市の「Vinoble Vineyard & Winery(ヴィノーブル ヴィンヤード アンド ワイナリー)」。日本全国のワイナリーにぶどう苗木を供給する、日本ワイン業界の「苗床」でもあるのです。

代表取締役の横町崇さんは、自らを「職業ワインメーカー」と呼びます。しかしその仕事の範囲は、ワイン醸造の枠を大きく超えています。苗木生産、ふどうの栽培とそれに伴うぶどう棚の建設、ワイン醸造、新規ワイナリーの立ち上げやコンサルティング——日本ワイン産業に必要なすべてを、一手に引き受けてきました。

「全国で6〜7社、ワイナリーの立ち上げに関わってきました。来年も鎌倉で1社関わる予定です」
その実績は日本ワイン業界の発展に欠かせないものでした。
日本最多、42品種を育てる理由
「うちの畑、何品種植えてると思いますか?」
横町さんは少しいたずらっぽい表情で尋ねてきました。
「全部で42品種。おそらく日本で一番多いワイナリーだと思いますよ」

ピノ・ノワールだけで10種類のクローン、メルローは6種類、カベルネ・ソーヴィニヨンは3種類。さらには、まだ日本では珍しい品種も含め、驚くほど多様なぶどうが育てられています。
「でもなぜそんなに?普通のワイナリーなら、せいぜい5〜10品種程度ですよね」
横町さんは苗木の一つを手に取りながら、答えました。
「実は、うちは苗木生産事業も並行してやっているんです。日本全国のワイナリーに苗を供給している。だから、これだけ多くの品種が必要なんですよ」
ワイナリーブームと苗木不足
横町さんが苗木生産を本格的に始めたのは、2013年のこと。独立してフリーの醸造家として活動を始めた年です。
「ちょうどその頃、日本でワイナリーブームが起きたんです。2000年代前半から『ワイン特区』制度が始まって、個人でワイナリーを始める人が増えた。でも、みんな最初にぶつかる壁があったんです」
その1つが苗木の確保でした。
「ぶどうの苗って、簡単には手に入らないんですよ。特に、ワイン用のヨーロッパ系品種は。需要が急増して、国内の苗木が全然足りなくなった」
横町さんのもとには、ワイナリー立ち上げのコンサルティング依頼が殺到しました。そして、相談者が必ず直面する問題が「苗木をどう手配するか」だったのです。
「だったら自分で作ろう、と。前職の関連会社である苗木生産会社から依頼を受けて、本格的に苗木生産を始めました。」
命をつなぐ接ぎ木技術
「ここが接ぎ木をする作業場なんです」と言って、横町さんは実際に、接ぎ木作業を見せてくれました。醸造用とはまた違う枝を台木にして、ブドウになる枝を一瞬にして1本の枝にくっつける作業です。

目の前で一瞬にして2つが1つに⁉
「これが接ぎ木です。この作業を延々と・・・1日1500回くらいやりますかね。もう地獄のような作業です(笑)でもワイン用のヨーロッパ系品種を育てるには、この作業が絶対に必要なんですよ」
なぜ接ぎ木が必要なのか。それは、19世紀にヨーロッパのぶどう畑を壊滅させた害虫「フィロキセラ」の存在があります。
「フィロキセラは根に寄生するアブラムシの一種で、ヨーロッパ系の品種にはこの耐性がないんです。でもアメリカ系の品種にはある。だから、ヨーロッパ系の品種をアメリカ系の台木に接ぎ木して育てる。これが現代のぶどう栽培の基本なんですよ」
端折って説明しましたが、アメリカ系の品種にも3品種あり、さらにそれを掛け合わせていくので、かなり複雑怪奇です。作業場のホワイトボードには、謎の書き込みがビッシリ!!同じピノ・ノワールでもフランスから来た枝か、アメリカから来た枝か・・・など横町さんのところには15種類あり、すべてナンバリングしてあります。これらの組み合わせを変えると何十パターンにもなります。

「接ぎ木した部分に『カルス』っていう癒合組織が形成されないと、水分や養分が供給されず、苗は枯れてしまう。成功率も100%じゃない。手間がかかるし、技術も必要。でも、これができないとワイン用ぶどうは育てられないんです」
台木選びも奥深い
接ぎ木技術だけでなく、どの台木を選ぶかも重要だと横町さんは言います。
「台木は耐病性だけじゃなくて、芽吹きの速さにも影響するんです。早生の台木、晩生の台木。それぞれ特性が違う」
なぜ芽吹きの速さが重要なのか。
「日本では春先に遅霜が降りるリスクがある地域が多いんです。早く芽吹きすぎると、霜にやられて全滅することもある。だから、植える地域の気候に合わせて、慎重に台木を選ばないといけないんですよ」
横町さんの苗木選びは、単に品種を提供するだけではありません。各ワイナリーの土地の気候、土壌、リスクを考慮して、最適な組み合わせを提案する。それが、全国のワイナリーから信頼される理由なのです。
農林水産省認可の隔離栽培施設
横町さんの苗木生産事業は、さらに進化を続けています。
「2021年から、農林水産省の認可を受けて隔離栽培施設を開設したんです」
隔離栽培施設?
「まだ日本に入っていない品種や、病害虫のリスクがある品種を、隔離された環境で栽培できる施設です。これによって、より多様な品種の試験栽培ができるようになった」
現在、栽培量が少ない品種は、3〜5本ずつという単位で育てられているものもあると言います。それは単なる実験ではなく、将来の日本ワイン産業のための先行投資なのです。
「日本の気候に合う品種はまだまだあるはず。それを見つけて、検証して、全国のワイナリーに提案していく。それが僕の役割だと思っています」

日本ワイン業界の縁の下の力持ち
横町さんの仕事は、苗木生産だけにとどまりません。ぶどう畑の設計、棚の建設、醸造指導、酒税の手続きまで。ワイナリー立ち上げに必要なすべてをトータルでサポートできる、日本でも数少ない存在です。
「ブドウの苗の手配から酒税、帳簿の付け方までトータルでアドバイスできるフリーのワイン醸造家は、全国でも僕だけだと言われています」
その言葉に誇張はありません。横町さんが関わったワイナリーは、北海道から九州まで。それぞれの土地の個性を活かしたワイン造りを実現しています。
「僕自身は『職業ワインメーカー』だと思っています。売れるワイン、飲んでいただけるワインを重要視したい。でもそれと同時に、日本ワイン産業全体が発展することも大切。一つのワイナリーが成功するだけじゃなくて、日本中に良いワイナリーが増えていくことが、僕の目標なんです」
42品種が語る、日本ワインの可能性
ヴィノーブル ヴィンヤードの畑を歩くと、その多様性に圧倒されます。冷涼な気候を好むドイツ系品種、温暖な海洋性気候に適した品種、日本の湿度に強い品種——それぞれが、異なる可能性を秘めています。

「広島って、北部は積雪2メートルに達することもあるし、南部は瀬戸内の温暖な気候。同じ県内でも全然違う。その多様性を活かして、それぞれの土地に合った品種を提案していきたいんです」
横町さんが育てる42品種の苗木は、単なる商品ではありません。それは、日本ワインの未来への種なのです。
「苗木を植えてから収穫できるまで、3年から5年かかります。その間、生産者は収入がない。だからこそ、最初の品種選びが重要なんです。失敗したら取り返しがつかない。だから僕は、自分の経験と知識をすべて注いで、最適な苗を提供したいんですよ」
日本ワインの未来を、この手で
取材の最後、横町さんはこう語りました。
「日本のワイン産業はまだまだ伸びる余地がある。北海道から九州まで、それぞれの土地に合った品種で、その土地ならではのワインが造れる。僕の役割は、その可能性を広げること。42品種の苗木は、そのための選択肢なんです」

ヴィノーブル ヴィンヤードは、自らのワイン造りを追求しながら、日本ワイン業界全体のインフラを支えてきました。横町さんが育てる苗木は、今日も全国のワイナリーで根を張り、葉を広げ、やがて素晴らしいワインとなって私たちのグラスに注がれます。
世界が認めた三次のワイナリー。その真の価値は、一本のワインだけでなく、日本ワインの未来そのものを育てていることにあるのです。

