「店頭に並べた時、まず目を引くのがこのラベルデザインです。レモンやトマト、みかんといった原料がイラストで描かれていて、お客様が『何のビールか』を直感的に理解できます。手書き風の温かみのあるタッチが、大量生産品とは一線を画す個性を醸し出していますね」

アバンセのバイヤーが今回私が訪れたのは、大崎上島にあるクラフトビール醸造所「MICHISHIO BREWING(ミチシオブリューイング)」です。わずか6坪という小さな醸造所で、夫婦2人が島の恵みを詰め込んだビールを造っています。
6坪の醸造所に詰まった工夫と情熱
醸造所の中を見せてもらうと、そこは想像以上にコンパクトな空間でした。でも、狭いからこそ、工夫の密度が高いのです。
「これが発酵機です」
と、案内されたのは、どう見ても普通のチェスト式冷凍庫でした。
「これ、家庭用の冷凍庫を改造したんです。」
「えっ、やっぱり、冷凍庫ですか?」
私が驚くと、森さんが蓋を開け、庫内を見せてくれました。
「この高さまでカサ上げをしてね、下に板がはいっているんですけど、これがヒーターなんですね。20℃にした麦汁をこの中に入れますが、温度が下がってきたら、このヒーターで温度を上げます。逆に上がり過ぎたら、冷凍庫を作動させて、温度を下げるんです。」
ビールの発酵っていうと、ステンレスの大きなタンクの中で発酵させるイメージですが、ここでは家庭用の電化製品を使っているのです。なるほど!と感心させられることばかりでした。

麦芽の選定から始まる、味づくりの物語
まず、原料の麦芽(モルト、大麦を発芽させて乾燥・焙煎したもの)から見てみましょう。
醸造所の一角には、いくつもの袋が積まれていました。使用する麦芽は複数種類あって、焙煎度合いで色味や香ばしさが大きく変わるそうです。

「今、5~6種類を混ぜ合わせて使っています。イギリス産のもの、こっちはドイツ産のもの・・・」

色味を出したり、味わいを深めたり、焙煎の具合によって、それぞれが全く違うので、これをベースにして、こっちはポイントで使おう、という風に、組み合わせを考えています。
「これがマリスオッターという麦芽です。イギリスの伝統的な製法で作られています。お米でいう籾殻みたいな皮がついていて、潰すとね、こんな感じです。」

そういって、指で潰してみせてくださいました。ちょっと香ばしい香りがします。
こっちは、同じ麦芽ですが、さっきよりもしっかり焙煎してあります。硬くてしっかりしているから・・・割れにくい。中の色は、カラメル化して茶色っぽいでしょう。
ふむふむ。つまり、黒ビールになると、もっと黒い、真っ黒な麦芽を使うっていうことなんですね。
次に、この麦芽をコーヒーグラインダーのような機械で粉砕します。

粉砕した麦芽とお湯を混ぜて、どろどろの麦のお粥みたいな状態にします。ここで1時間強、温度管理をしながら加熱します。温度帯によって味わいが変わってくるので、ここは慎重に・・・。

この下が網のようになっていて、この濾過板でタンパク質や不要な水分を取り除き、麦汁とカスに分離します。
麦汁の中には、タンパク質のほか、ビールの中に残ると良くない成分が含まれているので、殺菌のために、1時間半以上100°Cで煮沸します。そして最後の段階でレモンの皮やトマトの果汁、みかんの果汁を投入します。
煮沸後は、ステンレス製パイプを用いた熱交換システムで、100°Cの麦汁を流水により急速に20°Cまで冷却。そして、約2週間の発酵工程に入ります。ここで冒頭の家庭用冷凍庫を改造した発酵機の出番です。

「あれ?移動式なんですね⁉」
「狭いから、全部キャスター付きなんです。動線が命なので」
「本当によく考えられていますね!!」
醸造用の大きなビニール袋があり、その中に麦汁を入れ、冷凍庫内に設置したヒーターの上に静置するのです。
「このヒーターね、実は爬虫類用なんですよ」
愛子さんが真顔で言うので、みんな、思わず笑いました。
「サーモスタットで20℃に設定して、自動で保つんです。ちゃんと機能してくれますよ」
確かに!生物の飼育用なら、温度を安定させる機能性には納得です。
これは、島根県江津市の石見麦酒から学んだ「石見式」。低コストで本格的なビール造りを実現できる方法として、注目されています。
島の恵みが織りなす、3つの個性
アバンセで定番で扱っているのは、レモン、トマトのビール2種ですが、ミチシオブリューイングに新たに加わった味もあります。
Session IPA Lemon(アルコール度数4.5%)

グラスに注ぐと、レモンの爽やかな香りとホップのトロピカルなアロマが立ち上ります。
「レモンは大崎上島産の無農薬栽培レモンを使っています。皮の白い部分が入らないように、薄く削って使うんです。白いワタの部分が嫌な苦みになりますからね。それから味のバランスを調整するために、投入のタイミングも工夫しているんですよ」
と隆則さん。一口飲むと、ホップの華やかさとレモンのほろ苦さが絶妙に調和し、爽やかな余韻が残ります。
Saison Tomato(アルコール度数5%)

ベルギー発祥のセゾンスタイルで、セゾン酵母由来のフルーティー&スパイシーなアロマに、トマトの清々しい香りと甘みが重なります。後味には、ほんのりと出汁のような旨味も感じられ、食事との相性が抜群です。
「トマトのビール?」と最初は驚きましたが、これが想像以上に素晴らしいのです。
「トマトは、まず地元の亀田農園さん、越田農園さんなど、トマトの生産農家さんを訪ねていって、原料に最適なトマトを探すところから始めます」
大崎上島産トマトなら何でもいいっていうわけではないんですね。そこもまた素晴らしい。
作る人、時期によっても味や水分量が全く違うので、原料選びも腕の見せどころです。そして買ってきたトマトをザクザクにカットして、冷凍しておく、そして炊きます。それをさらしの袋で搾ります。これ、全て手作業です!!
「それで、瓶で言うと200本・・・できたらいいなぁくらいですかね」
実はトマトが一番、手間がかかるからツライのだそうです。
みかんPale Ale(アルコール度数5%)

「これは新しい定番なんです」と隆則さんが誇らしげに語るのが、このみかんのビール。
「大崎上島の太陽の恵みをたっぷり浴びた温州みかんを使っています。甘さを強調するために、手で絞って果汁を取り、甘さや酸味のバランスを調整しているんです」
厳選された麦芽のまろやかな風味と、口いっぱいに広がる濃厚なみかんの甘み。これは、柑橘の島・大崎上島だからこそ生まれる味わいです。
季節が織りなす、四季折々の味わい
「今、黒ビールや個性的な風味のビールも試作しています。黒ビール用の麦芽も用意しているんですよ」という隆則さん。
「農園や時期によって水分量や味が全然違います。トマトは、後味に出汁っぽさや甘みが出ることもあるし、みかんは甘さを強調した味わいになる。レモンは苦味や香りの調整に使いますね」
味の変化にお客様も気づいています。
「今回のは、苦みが強いねぇ!」
そんな一言に対して、
「今回はこの農家さんのトマトで、この時期だったんです」
「このロットは、レモンの皮を少しだけ控えめにしています」
と背景を伝えると、お客様はさらに興味を持って耳を傾けてくれるそうです。
味が毎回同じでないからこそ、飲み手は“違い”に気づき、作り手は“理由”を語ることができる、そのやりとりの積み重ねが、単なる商品と消費者の関係を超えた、ゆるやかな信頼関係を育てているように感じました。
「また次は、どんな味になるんだろう」そんな期待を込めて手に取ってもらえること自体が、ミチシオブリューイングにとってもアバンセにとっても何よりの喜びです。地域商品ならではの味の変化は、単なる不安定さではなく、人と人をつなぐ“余白”となり、コミュニケーションを生み出しています。それは、岩﨑農園のジャムと同じく、その時、その場所、その素材だからこそ生まれる「一期一会の味」と言えるでしょう。
限定商品にも注目
定番3種以外にも、魅力的な限定ビールがあります。
「大崎上島の垂水地区にある、樹齢50年超の老木から収穫されたマスカットベリーAを使った『MBA Muscat BaileyA From TARUMI』は、小麦由来のなめらかな飲み心地とフルーティーな香り、ぶどうの甘みが楽しめます」

「『LA!LA!LIME IPA』は、3種のホップを使用した香り豊かなIPAに、大崎上島産有機ライムを皮ごと絞った、鮮烈な香りが特徴です」限定商品は売り切れ次第販売終了となるため、見つけたら即購入をおすすめします!
島の暮らしと共にあるビール
取材を終えて醸造所を後にする時、隆則さんがこう話してくれました。
「味や香りの変化に敏感なお客様の声も反映して、レシピや投入方法を調整しています。市内の店舗、例えばアバンセさんでも販売していただいていますが、一人でも多くの方に、島の恵みと島時間を感じていただけたら嬉しいです」
穏やかな港の近く、裏手には造船所が見える小さな醸造所。朝の港の混雑、霧や台風によるフェリーの運休、そんな離島の暮らしの中で、夫婦2人が丁寧に造るビール。それは、瀬戸内のおだやかで優しい潮のように、いつのまにか心を満たしてくれる味わいです。


