「蜂蜜は、ミツバチから少し分けてもらうもの」
広島県竹原市。瀬戸内海に面したこの町で、養蜂家の福島大樹さんは独自の哲学を持って蜂蜜づくりに向き合っている。その蜂蜜ブランド「FUKUBEE」には、ミツバチへの深い敬意と、自然との共生を目指す確固たる信念が込められている。
蜂と歩む、竹原の四季
福島さんの一年は、2月の静かな作業から始まる。
「2月から3月にかけて、越冬中の蜂を春に向けて起こしていくんです。この時期は慎重に、蜂たちの様子を見ながら進めます」

春の訪れとともに、巣箱の中では新しい命のサイクルが動き出す。4月になると桜の蜜を採取し、5月から6月にかけては竹原の山々に咲くアカシア、フジ、そよご、クリなど、多様な花々から蜜を集める。
「うちは6月で採蜜を終えるんです。これが他の養蜂家さんとの大きな違いかもしれません」
福島さんの言葉には、穏やかながらも揺るぎない信念が感じられる。一般的な養蜂では7月、8月、さらには秋口まで採蜜を続けるのが主流だという。
「採りすぎない」という選択
「蜂蜜を採りすぎないこと。これが僕の最大のこだわりなんです」
福島さんが語る養蜂の哲学は、現代の効率主義とは一線を画すものだ。
「多くの養蜂家さんは、秋まで蜂蜜を採り切った後、砂糖水を与えて越冬させます。でも、うちでは砂糖水は一切使いません。6月で採蜜を終えて、あとは蜂たちが自分たちで蓄えた蜜で冬を越すんです」
この方法は、収量という観点からすれば非効率かもしれない。しかし福島さんにとって、それは譲れない一線なのだ。
「巣箱の中で自然なサイクルを維持すること。蜂にストレスをかけないこと。それが何より大切だと思っています」

ミツバチとの「戦い」と「共生」
夏から秋にかけては、また違った緊張感が養蜂場を包む。
「7月からは女王蜂の育成を始めます。そして8月から10月は、スズメバチとの戦いですね」
福島さんの表情が少し険しくなる。スズメバチはミツバチの天敵。巣箱を守るための対策は、養蜂家にとって避けては通れない重要な仕事だ。
11月になると、ミツバチたちは越冬の準備に入る。12月と1月はオフシーズンとなるが、完全な休みというわけではない。
「巣箱や巣の作成など、シーズン中ほどではないですが、やることはありますよ」と福島さんは笑う。
「いただきます」の本当の意味
福島さんが子どもたちに伝えたいメッセージを尋ねると、その答えは明快だった。
「蜂蜜に限らず、食べ物や自然の恵みに感謝の気持ちを持ってほしい。蜂蜜は本来、ミツバチのものなんです。僕たち人間は、それを少し分けてもらっているだけ」
この言葉には、食と命に対する深い敬意が込められている。
「良い環境がなければ花も咲かないし、採蜜もできません。自然環境を守ることの大切さを、子どもたちに伝えていきたいですね」

業界の常識に挑む、唯一無二の味
FUKUBEEの蜂蜜は、瀬戸内の温暖な気候と、竹原の豊かな山々が育んだ贈り物だ。桜、アカシア、フジ、そよご、クリ――季節ごとに移り変わる花々の蜜が、複雑で奥深い味わいを生み出す。
そして何より、ミツバチたちが自らの蜜で冬を越せるよう配慮し、砂糖水を一切使わない。その徹底したこだわりが、FUKUBEEの蜂蜜に唯一無二の個性を与えている。
実は、養蜂業界では秋冬の蜜源が少ない時期に砂糖水を給餌するのが一般的だ。ミツバチが餓死しないよう栄養を補給し、効率的に採蜜を続けるための標準的な手法とされている。しかし福島さんは、あえてその道を選ばなかった。
「せっかく集めた蜂蜜を砂糖水に取り換えられたら、ミツバチはどう思うだろう。そう考えたら、できなかったんです」
砂糖水を使わないことには、品質面でも大きな意味がある。採蜜時期と給餌時期が近いと、砂糖水由来の蜜が混入するリスクがあり、花の蜜100%とは言えなくなってしまう。また、砂糖水には花の蜜特有の酵素やビタミン、ミネラルが含まれず、風味や栄養価にも影響が出てしまうのだ。
「FUKUBEEの蜂蜜は、本当に花の蜜だけでできています。竹原の山々と瀬戸内の島々に咲く花の香りと、天然の酵素や栄養素がすべて生きているんです」
「ミツバチとの対話」――福島さんの養蜂を表現するなら、そんな言葉がふさわしいのかもしれない。効率や収量を追い求めるのではなく、小さな命の営みに寄り添い、自然のリズムを尊重する。そんな姿勢が、FUKUBEEの蜂蜜一滴一滴に宿っているのだ。
瀬戸内の穏やかな風が吹く竹原の地で、福島さんとミツバチたちの物語は、今日も静かに紡がれ続けている。

