母の「前にも来たよね?」を全否定した結果
前回の記事で、オリエンタルホテル広島のフレンチレストラン「OZAWA」に久しぶりに行った話を書きましたが、今回はその続きです。
一緒に食事をしていた母が、ふと「前、Y子(孫)が小さいとき来たよね?」と言い出しました。
私は速攻で否定しました。「いやいや、子供連れはダメなお店だし、そんな記憶はないよ」と、かなりエラそうに全否定。母の勘違いだろうと、自信満々でした。
ところが……帰ってから確認してみると、写真が残っていたんです。

確かに行っていました。しかも、別の部屋に案内してもらっていたらしく、子供連れでもちゃんと対応してくださっていた模様。全く覚えていない自分に驚きました。😅
同じ器、同じ盛り付け。変わらないスペシャリテの力
さらに驚いたのが、以前の写真に写っていた料理です。

あのスペシャリテ「オマール海老の茶碗蒸し」が、同じ器で、同じ盛り付けで出されていました。何年も前の写真なのに、今回いただいたものと変わらない。前回の記事で「創業以来のスペシャリテがある店を尊敬する」と書きましたが、まさにそれを証明する一枚でした。
変わらないことの凄さ。流行に左右されず、同じ一皿を磨き続ける姿勢が、こうして時を超えた写真からも伝わってくるのです。
ともあれ、母がボケていなくて良かったです。ボケていたのは私の方でした。🤣
天井のテーブルを逆さにしたような照明
母はもうひとつ、面白いことを言っていました。「ほら、天井にキラキラって照明があって……」と。
実際に店内を見上げてみると、まるでテーブルを逆さにしたような個性的な照明が天井に取り付けられていたんです。OZAWAの店内はインテリアデザイナー・内田繁氏が手がけたもの。高い天井とオープンキッチンが印象的な空間ですが、この照明のデザインもまた、記憶に残る要素のひとつだったのだと思います。

料理を食べているとき、私たちは無意識のうちに空間全体を感じ取っています。テーブルの上の料理だけでなく、天井の照明、窓の外の景色、椅子の座り心地、空間に流れる空気。それらすべてが「食事の記憶」を構成しているのです。
母が何年も前の訪問を覚えていたのは、料理の味だけではなく、あの空間の印象が記憶に刻まれていたからではないでしょうか。
食事の記憶は、味よりも「誰と、どこで」
食べる環境って、本当に大事だなと改めて思いました。
誰と一緒に食べたか。どんな場所で食べたか。結局のところ、料理の味そのものよりも、そちらの方が記憶に残るんですよね。
何を食べたかは忘れてしまっても、「あのとき母と一緒に行ったよね」という記憶は残る。天井にキラキラした照明があったという空間の記憶も残る。そして、孫がまだ小さかった頃の、特別な食事の時間だったという温かい記憶も。
前回の記事で、Bistro SIMA亭の取材のときに「食事とは、食べることではなく語らうこと」と書きました。そしてLA BONNE TABLEの中村シェフの取材では「どう食べるかが大事」という話をしました。
今回のOZAWAでの体験は、その延長線上にある気づきです。食事の価値は、料理の味だけでは決まらない。誰と、どんな場所で、どんな時間を過ごしたか。その総合的な体験が「おいしかった」という記憶をつくっている。
……と、偉そうに書いていますが、肝心の食事の記憶を丸ごと忘れていたのは私です。母の記憶力に完敗した一日でした。😅
※前回の記事「OZAWAのスペシャリテ『オマール海老の茶碗蒸し』に思う、本当においしい料理はなぜ地味に見えるのか」もあわせてお読みください。


