ずっとお会いしたかった、庄原の郷土料理研究家
広島県の県北、庄原市には10年以上にわたっていろいろな仕事で携わってきました。その中でお名前はよく耳にしていたのに、なかなかお会いする機会がなかった方がいます。比婆郷土料理研究家の小林富子さん、通称「ひばん婆お富」さんです。
御年89歳。「ワニ婆さん」の愛称でも知られ、庄原市東城町を拠点に、この地域に古くから伝わる郷土料理の継承に長年取り組んでこられた方です。2025年には、料理とともに歩んだ人生をまとめた自伝「足を高う上げて歩きんさい ひばん婆お富の足跡」を自費出版されています。
どんな方なんだろうと楽しみにしていましたが、お会いしてみると期待値以上に素敵な方でした。失礼な表現かもしれませんが、一言で表すなら「チャーミングなおばあちゃん」。毎日、太鼓をたたいて童謡を歌っているのよ、と実際に歌って聞かせてくれたり、得意の季節の炊き込みごはんをふるまってくれたり。「具材はいつもテキトーよ!」とペロッと舌を出して肩をすくめて笑う姿が、なんとも愛らしい方でした。

お富さんが一番伝えたい料理「ヒバゴンどんぶり」
この日の取材では、著書を手に郷土料理についてたっぷりお話を伺いました。本にはたくさんのレシピが詰まっているのですが、「この中で一番伝えたい料理は?」と尋ねると、返ってきた答えは「ひばごん丼」でした。
ヒバゴンとは、1970年に比婆山周辺で目撃された謎の類人猿です。身長約1.6m、ゴリラのような体つきだったと言われ、全国ニュースになり、なんと町役場に「類人猿係」が設置されるほどの大騒動になりました。正体不明のまま目撃は途絶えましたが、今では地域のマスコットキャラクターとして親しまれています。
丼の主役は、地元で「山鳥かくし」と呼ばれる山菜、こごみです。山鳥が隠れるほど葉が茂ることから、この名がつきました。昔、きこりが山鳥を捕まえて、こごみと一緒に煮込んで麦飯にのせて食べていた。そんな古老の話をヒントに、山の芋のとろろや鶏そぼろを合わせて丼にしたものです。
お富さんは「もしかしてヒバゴンもこれを食べていたのでは?」と想像をふくらませ、「ヒバゴンどんぶり」と名付けたのだそうです。
郷土料理には、もともと名前がない
この話を聞いて、これこそ郷土料理の本質だなと感じました。
郷土料理の多くには、もともと名前がありません。「料理名」は、みんなに「どういう料理か」を認識してもらうために、あえて後から付けられているものです。
家庭料理は、名前から入ってしまうと作るのが苦痛になることがあります。「丼」と名前がつけばごはんの上にのせなければならないと思い、「3色丼」と言われれば3色の食材を揃えなければと身構えてしまう。
でも本来、そこに定義はないのです。「ヒバゴンが食べたのかも」と勝手に想像して、山の幸を好きなように組み合わせて作ってしまえばいい。お富さんがイメージした「ヒバゴンどんぶり」を参考にしつつ、自分なりに想像して作ったら、それはもう自分だけの「ヒバゴン丼」です。
ちなみに、検索すると「ひばごん丼」「ヒバゴン丼」と表記もバラバラですが、お富さんの著書では「ヒバゴンどんぶり」と書かれています。出汁をかけて具とごはんをぐちゃぐちゃに混ぜて食べるのが本家流だそうです。
私も実際に作ってみました。本家のよりきれいに盛りすぎたかなと思いましたが、山の幸が合わさったおいしいどんぶりに仕上がりました。

料理名やレシピに縛られなければ、料理はもっと楽しくなる
よもぎCAFEの取材でも感じたことですが、料理人が見ているのはレシピではなく食材そのもの。そしてお富さんの「ヒバゴンどんぶり」は、さらにその先にある「想像力」で料理が生まれることを教えてくれました。
レシピ通りに作ることが悪いわけではありません。でも、レシピや料理名に縛られすぎると、料理がただの「作業」になってしまう。自由に想像して、その土地の食材を好きなように組み合わせて、自分だけの一皿を作る。そんな風に料理と向き合えたら、毎日の台所はもっと楽しい場所になるはずです。
89歳のお富さんが、太鼓を叩いて童謡を歌い、テキトーに炊き込みごはんを作り、ヒバゴンの食卓を想像する。その自由さと軽やかさが、何より料理の楽しさを物語っていました。

※このネタは情報誌「Wink」の6月号、「ひろしま食の手帖2027」に掲載される予定です。


